物件を法人にいくらで移すか 譲渡価額の下限と上限、時価の決め方
同族会社への譲渡価額には下限と上限があります。下限は時価の2分の1で、判定は資産ごとではなく契約ごと。上限を超えると、超過部分が譲渡所得から外れて総合課税で扱われるリスクがあります。時価の根拠の作り方と、土地建物の按分が動かすものを整理します。
続きを読む →「不動産賃貸は法人化したほうが有利」と聞いて検討を始める方は多いのですが、ご相談をお受けすると、「法人化」という言葉が指す中身が人によってまったく違うことに気づきます。物件そのものを法人名義に移すのか、名義は個人に置いたまま法人へ貸すのか、管理業務だけを任せるのか。あるいは、いま持っている物件には手を付けず、これから買う物件だけを法人で持つのか。
この違いが決定的なのは、物件を法人に移す方式だけが、移転の時点でまとまった税負担を伴うからです。後述のモデルケースでは、その「入場料」は600万円規模になります。最初に決めるべきは「法人化するかどうか」ではなく、**「いまある物件を法人に移すかどうか」**です。本稿では、方式の構造の違いと、物件を移す場合にかかる入場料の中身、そして3方式の比較までを整理します。移さない2方式の効果と限界、借入余力が動機のときに先に確認すべきこと、判断の手順は次回に、譲渡価額の決め方と法人化1年目の実務はその後の回で扱います。
実務で使われる方式は、大きく次の3つです。
法人に移る所得は①がもっとも大きく、①なら賃料収入そのものが法人の売上になります。②③で法人に移るのは賃料の一部(借上げ差額や管理料)にとどまります。
押さえていただきたいのは、資産の移転を伴うのは①だけという点です。②③は契約を結ぶだけなので移転コストはかからず、うまくいかなければ元に戻せます。一方①は、所有権が動く以上、譲渡所得税・消費税・登録免許税・不動産取得税という4つの税金と登記の実費が発生し、個人に戻すとなれば同じコストがもう一度かかります。
そしてもう1つ、見落とされがちな選択肢があります。いまある物件は個人に残し、これから取得する物件だけを法人名義で買うという進め方です。移転が起きないので入場料はゼロ、それでいて新規物件の賃料は全額が法人の売上になります。「これから買い進める」段階の方には、①〜③のどれよりもこれが本命になる場面が少なくありません。
次のモデルケースで概算します。
| 税目 | 課税標準 | 税率 | 概算額 |
|---|---|---|---|
| 譲渡所得税(個人) | 譲渡益 2,000万円 | 20.315%(長期) | 約406万円 |
| 消費税(建物) | 建物の譲渡対価 3,000万円 | 10% | 0円(免税事業者のため。課税事業者なら約300万円) |
| 登録免許税(土地) | 評価額 3,500万円 | 1.5%(軽減) | 約53万円 |
| 登録免許税(建物) | 評価額 1,800万円 | 2.0%(本則) | 36万円 |
| 不動産取得税(土地) | 評価額の1/2 1,750万円 | 3% | 約53万円 |
| 不動産取得税(建物) | 評価額 1,800万円 | 3%(住宅) | 54万円 |
| 司法書士報酬等 | — | — | 10〜20万円程度 |
| 合計 | 約620万円前後 |
法人が借入で購入するなら、抵当権設定登記の登録免許税(債権額の0.4%)が加わります。8,000万円の借入なら32万円です。売買契約書の印紙税(8,000万円で軽減後3万円)も見込みます。なお譲渡所得税の20.315%には住民税5%が含まれ、住民税の納付は翌年6月以降なので資金繰りは1年ずれます。
譲渡所得税がコストの大半を占めます。 税率は、譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年超なら長期譲渡所得として20.315%、5年以下なら短期譲渡所得として39.63%です。ここでは逆方向の力が2つ働きます。税率の面では取得から日が浅い物件ほど不利(短期は税率が倍近い)。一方譲渡益の面では保有が長い物件ほど不利で、建物の取得費は減価償却後の簿価になるため、持つほど簿価が下がり譲渡益が膨らみます。「昔から持っている物件だから安く移せる」とは限りません。
入場料は、建物の時価をどう置くかで大きく変わります。 上の試算は建物の時価を簿価の1.5倍(3,000万円)と置いています。仮に時価が簿価と同水準の2,000万円なら譲渡益は土地分の1,000万円だけとなり、譲渡所得税は約203万円、総額は400万円台に下がります。モデルの数字をそのまま当てはめず、自分の物件で試算してください。
譲渡価額を自由に決めることはできません。 個人が法人へ時価の2分の1未満で譲渡すると、時価で譲渡があったものとみなして課税されます(所得税法59条1項2号、同法施行令169条。みなし譲渡)。2分の1以上なら安全でもなく、同族会社への譲渡で税負担を不当に減少させると判断されれば行為計算の否認の対象になり得ます(所得税基本通達59-3)。同族間の取引価額に税務が介入する構造は従業員に事業を譲るときの値段と同じです。
その時価の決め方(鑑定評価を取るか否か。鑑定料数十万円も実質的な入場料です)と、土地・建物の対価の按分(按分次第で消費税額・譲渡益・法人側の減価償却費が動きます)は、シリーズ後半で扱います。
消費税は「かかる場合」と「かからない場合」に分かれます。 建物の譲渡は課税取引、土地の譲渡は非課税です。ただし譲渡する個人が免税事業者であれば課されません。ここでいう免税事業者とは、基準期間と特定期間の課税売上高がいずれも1,000万円以下で、かつインボイス登録をしていない場合です。居住用の家賃は非課税売上なので居住用物件だけの方は該当することが多く、その場合は消費税300万円が発生しません。逆に、テナント・駐車場の賃料があってインボイス登録をしている方は課税されます。譲渡した年は課税売上高が跳ね上がるため、2年後から課税事業者になる点にも注意が要ります。
法人側にも論点があります。売主が課税事業者で建物の対価に消費税が乗る場合、取得した建物が居住用賃貸建物(税抜1,000万円以上)に当たれば、その消費税は仕入税額控除ができません(消費税法30条10項)。第三年度の課税期間の末日までに課税賃貸用へ転用または譲渡すれば一部を取り戻す調整計算がありますが(同法35条の2)、原則として控除できないものと見込むべきです。あわせて設立初年度の消費税「還付」を取りに行くかもご覧ください。
税金以外の障壁もあります。 抵当権が付いた物件を売ること自体は法律上は自由です。障壁は金銭消費貸借契約のほうで、無断譲渡が期限の利益喪失事由とされているのが通常のため、実務上は金融機関の承諾か借換えが不可欠になります。承諾が得られなければ所有移転方式は選べません。税額の試算より先に済ませるべき確認です。
なお、土地は個人に残し建物だけを移す設計もよく使われます。土地の各税がかからないぶん入場料を圧縮できますが、法人が個人の土地を使うため借地権の認定課税を避ける手当てが要り、実務では「土地の無償返還に関する届出書」を提出します(法人税基本通達13-1-7)。地代の水準や相続時の評価まで含む設計が要るため、シリーズ後半で扱います。
ここまで見てきた所有移転方式を、移さない2方式と並べて整理すると次のとおりです。
| ①所有移転 | ②サブリース | ③管理料 | |
|---|---|---|---|
| 物件の所有者 | 法人 | 個人のまま | 個人のまま |
| 法人に移る所得 | 賃料の全額 | 借上げ差額 | 管理料 |
| 移転時のコスト | 譲渡所得税・消費税・登免税・不取税 | なし | なし |
| 金融機関の手続 | 承諾または借換えが必要 | 契約条項の確認 | 通常は限定的 |
| 後戻りのしやすさ | 困難(再度コスト発生) | 容易 | 容易 |
| 相続対策の効果 | 大きい(下記の注意あり) | 限定的 | 限定的 |
| 主な税務リスク | 譲渡価額(時価)の算定 | 収入金額の是正・157条 | 管理料の相当性・37条1項 |
| 向く場面 | 物件を今後も増やす/規模が大きい | 中間的 | 小規模/まず試したい |
②③の税務リスクの中身——法人にいくら落とせば認められるのか——と、移さない2方式で実際にどこまで効果が出るのかは、次回に扱います。
相続対策も補足します。所有移転方式は以後の賃料収入が法人に蓄積するため、長い目では個人財産の膨張を止める効果があります。ただしマイナス面が2つあります。個人が持ち続けていれば使えた小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等、200㎡まで50%減)が使えなくなること(不動産貸付業は特定同族会社事業用宅地等の対象外で、株式に置き換えても代わりになりません)。そして法人株式を純資産価額方式で評価する場面では、法人が取得して3年以内の土地建物は通常の取引価額で評価されること(財産評価基本通達185)。移転直後は株価の圧縮効果が出ません。
「不動産賃貸業の法人化」は、ひとつの手続ではなく効果もコストも異なる複数の選択肢です。所有移転方式だけが資産の移転を伴い、モデルケースでは620万円前後の入場料がかかります。これを年間の節税見込額で回収できるのか。何年かかるのか。そもそも既存物件は動かさず新規取得分から法人で持てば足りるのではないか。ここを詰めずに方式は決められません。
有利不利は物件の時価・簿価・借入の状況・今後の取得計画で変わります。居住用中心かテナント混在かで消費税の結論が変わり、築3年と築20年では譲渡所得税がまったく違います。一般論で決めず、物件ごとに数字を置いて比較することをおすすめします。
本稿は「移すか移さないか」の入口として、所有移転方式のコストを整理しました。続く第2回では、移さない2方式(サブリース・管理料)で法人にいくら落とせるのか、「借入枠を増やしたい」が動機のときに先に確認すべきこと、そして判断の手順を取り上げます。
移すと決めたあとの実務は、第3回物件を法人にいくらで移すか 譲渡価額の下限と上限、時価の決め方で譲渡価額と土地・建物の対価按分を、第4回建物だけを法人に移す 地代の決め方と無償返還の届出書で建物のみを移す場合の地代設計と無償返還の届出を、第5回法人化1年目の減価償却 中古資産の耐用年数は法人第1期でしか決められないで法人化1年目の減価償却を扱っています。
当事務所では、物件一覧をもとにした方式の比較試算から、法人設立後のfreee初期設定(個人と法人の事業所・口座・物件データの分離)までを支援しています。物件一覧(所在地・用途・取得日・取得価額・簿価・家賃・名義)と借入一覧(残高・担保・保証・金融機関)をご用意いただけると、初回から具体的な比較ができます。
※本記事は2026年8月時点の制度に基づく一般的な解説です。モデルケースの金額は説明のための仮定値であり、実際の税額は物件の評価額・取得時期・課税事業者の判定などにより異なります。特に建物の時価の置き方によって移転コストは大きく変動します。軽減措置の適用期限は改正により変動します。譲渡価額(時価)の決定、土地建物の対価按分、管理料水準の設定、方式の選択はいずれも個別判断を要しますので、実行前に税理士にご相談ください。
同族会社への譲渡価額には下限と上限があります。下限は時価の2分の1で、判定は資産ごとではなく契約ごと。上限を超えると、超過部分が譲渡所得から外れて総合課税で扱われるリスクがあります。時価の根拠の作り方と、土地建物の按分が動かすものを整理します。
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