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物件を移さない法人化 サブリース・管理料方式で法人にいくら落とせるか

前回は、「不動産の法人化」が所有移転・サブリース・管理料という3つの別物であり、資産の移転を伴うのは所有移転方式だけで、モデルケースでは620万円前後の「入場料」がかかることを整理しました(「物件を法人に移すか」が最初の論点になる理由)。

では、物件を移さない場合はどうか。サブリース方式と管理料方式は移転コストがゼロで後戻りもできますが、そのぶん法人に移せる所得は限られ、法人にいくら落とせるかという別の論点が前に出てきます。本稿では、移さない2方式の効果と限界、「借入枠を増やしたい」が動機のときに先に確認すべきこと、そして方式を決めるまでの判断の手順を扱います。

1. 移さない2方式の効果と限界

サブリース方式と管理料方式の利点は、移転コストがゼロで後戻りができることです。名義は個人のままなので所有移転ほどの手続は生じません(ただしアパートローンには転貸や賃貸借条件の変更を制限する条項があることがあり、契約書の確認は要ります)。物件を増やすか決めていない段階では現実的な選択肢です。

限界もはっきりしています。法人に移せるのは賃料の一部だけなので所得分散の効果は小さく、物件が個人に残るため賃料収入が個人に蓄積する構造も変わりません。

そして最大の注意点が、法人に落とす金額の水準です。ここは2方式で問われ方が違います。管理料方式では、実体のない管理業務に過大な管理料を払っていると判断されれば、個人の不動産所得の計算上、必要経費として認められません(所得税法37条1項)。サブリース方式は必要経費ではなく、個人が計上すべき収入金額(所得税法36条)が借上げ差額の分だけ圧縮されていないかという形で問われます。もっとも36条は収入金額の入口を定めた規定であり、低い借上げ賃料を実際に引き直す根拠になるのは、契約の実体認定か、次に述べる行為計算の否認です。いずれの方式も、同族会社との取引で税負担を不当に減少させていると判断されれば行為計算の否認の対象になり得ます(所得税法157条)。

管理料方式について、過去の裁決では、同族関係にない管理会社へ同程度の物件の管理を委託している同業者の水準と比較する方法が合理的とされています。「何%までなら安全」という一律の基準は存在せず、実際の業務内容に見合っているかが問われます。委託範囲を契約書で明確にし、実施記録(入出金管理、募集・入居者対応、清掃の履歴など)を残すことが前提です。サブリースの借上げ差額も、空室リスクと管理負担を法人が実際に負っているかで見られます。

2. 「借入枠を増やしたい」が動機のときに最初に確認すること

法人化のご相談で多いのが、**「個人の借入枠が上限に達したので法人をつくって借りたい」**という動機です。自宅の住み替えローンが組めない、次の物件を買い進められない、という状況が背景にあります。

まず、法人をつくれば借入余力が自動的に増えるとは限りません。 新設法人には実績も信用もないため、代表者の連帯保証や担保提供を求められるのが一般的です。個人保証が付けば金融機関は個人と法人を実質的に一体として与信判断することが多く、「別人格になったから枠が増える」という前提は成り立たないことがあります。

そのうえで、この動機に対して所有移転方式には直接的な効き筋があります。法人が借り入れて個人から物件を買い取り、その代金で個人の既存借入を返済すれば、個人の借入残高が減り、住宅ローンを組む枠が空きます。入場料620万円は、金融機関が個人の借入圧縮を評価して実際に枠が回復する場合に限り、その効果と見合うコストといえます。サブリース方式・管理料方式では借入が個人に残るため、この効果はありません。

ただし逆方向の影響もあります。物件を法人に移すと個人の不動産所得が消えます。住み替えローンの審査は給与所得だけで見られ、借入は減っても年収が下がるため、返済比率が有利になるとは限りません(移さない2方式なら不動産所得は個人に残ります)。どちらが効くかは借入残高と不動産所得の大きさによります。

したがって順序は次のとおりです。

  1. 取引金融機関に、法人化後の融資方針と個人保証の扱いを確認する
  2. 既存借入について、法人への移転や名義変更の承諾が得られるか、借換えが必要かを確認する
  3. 住み替えローンの審査で、借入残高の減少と不動産所得の消失のどちらが効くかを確認する
  4. そのうえで、税務上どの方式が有利かを試算する

1〜3の答え次第で選べる方式そのものが変わります。財務を金融機関の目線で確認する方法は、債務償還年数を自分で計算するやロカベン6指標で自社を健康診断するで扱っています。

3. 判断の手順(チェックリスト)

  1. 取引金融機関に、法人化後の融資方針と個人保証の扱い、および抵当権付き物件の移転の承諾または借換えの可否を確認する
  2. 既存物件を移さず、新規取得分から法人で持つ選択肢で足りないかを先に検討する
  3. 物件ごとに**時価と帳簿価額(減価償却後)**を把握し、譲渡益の見込みを出す
  4. 移すなら土地込みか建物のみかを決め、建物のみなら無償返還の届出書の要否を確認する
  5. 個人の消費税の課税事業者判定(基準期間・特定期間・インボイス登録の有無)と、譲渡した年の翌々年以降への影響を確認する
  6. 登録免許税・不動産取得税・抵当権設定登記まで含めた総コストを集計し、年間の節税見込額で割って回収年数を出す
  7. その節税見込額から法人住民税の均等割(年7万円〜)・決算申告報酬・役員報酬に伴う社会保険料を差し引く(役員報酬を出す設計では、社会保険料の影響が最も大きくなりがちです)
  8. 移さない場合は、管理料・借上げ差額の水準の根拠(業務内容と実施記録)を用意する
  9. 所有移転する場合、個人側の事業的規模の判定(5棟10室、所得税基本通達26-9)が外れないか確認する。外れると青色申告特別控除65万円・専従者給与・資産損失の扱いに影響します
  10. 法人化初年度は個人の確定申告と法人第1期が並走します。設立日から口座・カード・会計データを分ける

まとめ

移さない2方式は、移転コストがゼロで後戻りができる一方、法人に移せるのは賃料の一部にとどまります。そして最大の論点は法人に落とす金額の水準です。管理料方式なら必要経費としての相当性、サブリース方式なら個人に帰属すべき収入金額が不当に圧縮されていないか。「何%までなら安全」という一律の基準はなく、実際の業務内容と、それを裏づける契約書・実施記録が問われます。

「借入枠を増やしたい」が動機の場合は、税務の試算より先に金融機関の確認が要ります。法人をつくれば枠が自動的に増えるとは限らず、逆に所有移転で個人の不動産所得が消えることが住み替えローンの審査で不利に働く場面もあります。

これで「移すか移さないか」の判断軸は揃いました。実際に移すと決めた場合の実務は、第3回物件を法人にいくらで移すか 譲渡価額の下限と上限、時価の決め方で譲渡価額と土地・建物の対価按分を、第4回建物だけを法人に移す 地代の決め方と無償返還の届出書で建物のみを移す場合の地代設計と無償返還の届出を扱っています。法人化1年目に個人の確定申告と法人第1期をどう並走させるかは、第5回法人化1年目の減価償却 中古資産の耐用年数は法人第1期でしか決められないで扱っています。

当事務所では、物件一覧をもとにした方式の比較試算から、法人設立後のfreee初期設定(個人と法人の事業所・口座・物件データの分離)までを支援しています。物件一覧(所在地・用途・取得日・取得価額・簿価・家賃・名義)と借入一覧(残高・担保・保証・金融機関)をご用意いただけると、初回から具体的な比較ができます。


出典(一次情報)

  • 所得税法36条(収入金額)、同法37条1項(必要経費)、同法157条(同族会社等の行為又は計算の否認)
  • 国税不服審判所 公表裁決事例(不動産管理料の相当性)
  • 所得税基本通達26-9、国税庁 タックスアンサー No.1373「事業としての不動産貸付けとそれ以外の不動産貸付けとの区分」
  • チェックリストで触れた譲渡所得税・消費税・登録免許税・不動産取得税および無償返還の届出の根拠条文は、第1回の出典欄に記載しています

※本記事は2026年8月時点の制度に基づく一般的な解説です。管理料・借上げ差額の水準、方式の選択はいずれも個別判断を要しますので、実行前に税理士にご相談ください。

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