建物だけを法人に移す 地代の決め方と無償返還の届出書
土地を個人に残して建物だけを法人に移すと、入場料は半分ほどに下がる代わりに地代という設計変数が増えます。権利金の認定を受けるのは法人側であること、無償返還の届出の手続、そして地代の水準を整理します。
続きを読む →第4回(建物だけを法人に移す 地代の決め方と無償返還の届出書)の末尾で、「次回は、法人化1年目の実務として、個人の確定申告と法人第1期をどう並走させるか」と書きました。本稿がその回です。ただし手続の一覧ではなく、並走する2つの申告のなかで最も取り返しがつかない一点に絞ります。中古資産の耐用年数です。
物件を移した年は、同じ建物から出る家賃が移転日を境に2つの申告へ分かれます。個人は移転日までの不動産所得と譲渡所得を翌年3月15日までに(所得税法120条1項)、法人は第1期の決算を事業年度終了の日の翌日から2か月以内に申告します(法人税法74条1項。課税事業者であれば消費税も同じ2か月で、消費税法45条1項)。第1期は最長1年ですから(法人税法13条1項)、ほぼ確実に1年未満です。
本稿は第1〜4回と同じ物件を使います。第4回の設計にならい、木造アパートの建物のみを法人へ移すケースです。譲渡価額は第3回で置いた時価3,000万円(個人側の簿価2,000万円)、築20年0か月(端数のない置き方には理由があります。第3節で説明します)。設立の日は2026年5月10日、引渡しと賃貸の開始(事業の用に供した日)は2026年6月15日とします。
| 決算日 | 第1期の長さ | 第1期の申告期限(法人税・消費税) | 個人の確定申告期限 |
|---|---|---|---|
| 12月31日 | 8か月 | 2027年2月28日(日)→ 3月1日(月) | 2027年3月15日(月) |
| 3月31日 | 約11か月 | 2027年5月31日(月) | 2027年3月15日(月) |
| 4月30日 | 約12か月 | 2027年6月30日(水) | 2027年3月15日(月) |
12月決算なら、法人の第1期申告と個人の確定申告が2週間の中に並びます(期限が土日祝日に当たるときはその翌日が期限です。国税通則法10条2項)。家賃は契約上の賃貸期間で切り、未収・前受で調整してください。入金日で切ると、同じ月の家賃が個人と法人の両方に乗るか、どちらからも落ちます。
この年は、同じ建物について個人と法人の両方で減価償却を計算する年になります。 しかも法人側には、この第1期にしか押せないボタンが1つあります。
先に個人側です。譲渡した年の1月1日から譲渡の時までの償却費は、原則としては計上しません。取得費は前年末の未償却残高のままです。
ところが所得税基本通達49-54が、もう一方の道を認めます。年の中途に減価償却資産の譲渡があった場合のその年の償却費について、譲渡の時における償却費の額を譲渡所得の計算上控除する取得費に含めないで、その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入しても差し支えない。「差し支えない」ですから、選べるということです。
建物の簿価2,000万円、譲渡価額3,000万円、この年の償却費を92万円と置いて比べます。原則によれば取得費2,000万円・譲渡益1,000万円で、長期20.315%なら約203万円。49-54を選べば92万円が不動産所得の必要経費に落ち、そのぶん取得費が1,908万円に下がって譲渡益1,092万円・約222万円となります。譲渡所得の側で約19万円増える代わりに、92万円が総合課税の所得から落ちるわけですから、分離課税の20.315%より高い税率帯なら49-54が有利になりやすい構造です。
ただし同通達の(注)に限定があります。建物およびその附属設備、構築物、無形固定資産の場合には、事業税における所得の計算上の取扱いが異なる場合がある、と。本稿の対象はまさに建物ですから、事業的規模で個人事業税を課されている方は、所得税・住民税だけで判断しないでください。どちらを採ったかは、譲渡の内訳書と青色決算書の両方に整合する形で残しておいてください。
法人が中古の建物を取得したとき、耐用年数は法定耐用年数(木造住宅用なら22年)とは限りません。耐用年数省令3条1項が見積法と簡便法を認めているからです。原則は見積法で、簡便法は年数の見積りが困難なものに限られます(同項2号、通達1-5-4。建物ではほぼ満たされます)。簡便法は、全部を経過した資産なら法定耐用年数の100分の20、一部を経過した資産なら(法定耐用年数-経過年数)+経過年数の100分の20。2年に満たないときは2年とし、年数の端数は同条5項により暦に従って計算し、1年に満たない端数を切り捨てます。
| 取得時の築年数(経過年数) | 簡便法による耐用年数 | 定額法の償却率 | 1年分の償却費 | 法定22年との差 |
|---|---|---|---|---|
| 新築(法定耐用年数によります) | 22年 | 0.046 | 138万円 | - |
| 築10年0か月 | (22-10)+10×0.2=14年 | 0.072 | 216万円 | +78万円 |
| 築20年0か月(本稿のモデル) | (22-20)+20×0.2=6年 | 0.167 | 501万円 | +363万円 |
| 築22年以上(全部を経過) | 22×0.2=4.4→4年 | 0.250 | 750万円 | +612万円 |
同じ3,000万円の建物が、築年数だけで年138万円にも年750万円にもなります。第3回(譲渡価額の下限と上限、時価の決め方)で決めたのは3,000万円という元本まで。それを何年で落とすかは、まだ決まっていません。
決められる期間も限られます。耐用年数通達1-5-1は、その算定は「その事業の用に供した事業年度においてすることができるのであるから当該事業年度においてその算定をしなかったときは、その後の事業年度においてはその算定をすることができない」と定めます。第1期の一発勝負です。法定22年のまま閉じれば、第2期に気づいても戻れません。後から更正の請求で直せるかは別論点ですので、本稿では扱いません。
経過年数の数え方には注意が要ります。 省令3条5項が切り捨てるのは「算定した年数」であって経過年数ではなく、月単位で計算せよという明文も見当たりません。年で数えるか月で数えるかで、耐用年数が1年ずれることがあります。 モデルを「築20年0か月」としたのはそのためで、どちらで計算しても6年です。端数を持つ物件では、採用した数え方を根拠とともに残しておいてください。 経過年数が不明なときは、構造や表示された製作時期から適正に見積もります(耐用年数通達1-5-5)。
なお簡便法は「落とせる総額」を増やしません。落ちるのは3,000万円までで、変わるのはその時期です。選べるうちに意識して選ぶことが要点です。
簡便法には使えなくなる場合があり、基準となる50%が2つあって、分母が違います。ここが実務でいちばん混ざります。
1つめは耐用年数省令3条1項のただし書。事業の用に供するために支出した資本的支出の額がその資産の取得価額の100分の50に相当する金額を超える場合には、2号の年数(=簡便法)についてはこの限りでない、と。2つめは耐用年数通達1-5-2で、資本的支出の額が再取得価額の100分の50に相当する金額を超える場合には法定耐用年数による。再取得価額とは、同じ資産を新品で取得するとした場合の価額です。
さらに通達1-5-6が受け皿を用意しており、ただし書で簡便法によれない場合でも再取得価額の50%を超えないときは次の算式が認められます(タックスアンサーNo.5404)。
(中古資産の取得価額+資本的支出の額)÷{(中古資産の取得価額÷簡便法により算定した耐用年数)+(資本的支出の額÷その資産の法定耐用年数)}
モデルの建物で、再取得価額を4,500万円と仮定して並べます。
| 取得価額の50% | 再取得価額の50% | |
|---|---|---|
| モデルの金額 | 3,000万円×50%=1,500万円 | 4,500万円×50%=2,250万円 |
| 根拠 | 耐用年数省令3条1項ただし書 | 耐用年数通達1-5-2 |
| 超えたときの効果 | 簡便法(同項2号)による算定ができない | 法定耐用年数(22年)による |
| 超えないとき | 簡便法で算定できる(6年) | ただし書に該当するときは1-5-6の算式による |
資本的支出が1,500万円以下なら6年。1,500万円超2,250万円以下なら1-5-6の算式で、1,800万円なら(3,000万+1,800万)÷(3,000万÷6+1,800万÷22)=8.25年→8年。2,250万円超なら22年です。
築古物件ほど、分母が中古の取得価額であるぶん50%の壁は低いところに来ます。リフォームの見積りが出た段階で、2本の線を引いておいてください。 なお2本の線が引かれるのは「事業の用に供するために支出した資本的支出」ですが、供用後の資本的支出でも再取得価額の50%を超えれば法定耐用年数に戻ります(耐用年数通達1-5-3)。
耐用年数が決まっても、第1期の償却費はそれを12で割った額にはなりません。2段階の月割が入ります。1段階目は償却率そのものの按分で、耐用年数省令5条2項は、事業年度が1年に満たない場合には別表第八の償却率にその事業年度の月数を乗じて12で除したものによる、と定めます。年額ではなく償却率を月割りするのが条文の書き方です。2段階目は期中供用の按分で、法人税法施行令59条1項1号が、償却限度額を事業年度の月数で除し、事業の用に供した日から期末までの月数を乗じるとしています。
月数はどちらも暦に従って計算し、1月に満たない端数は1月とします(切上げ。省令5条5項、法令59条2項)。モデルなら事業年度は7か月22日で8か月、供用は6か月17日で7か月です。
| 段階 | 計算 | 結果 |
|---|---|---|
| ① 事業年度の月数で按分(省令5条2項) | 0.167×8÷12 | 0.1113… |
| ② 第1期の償却限度額 | 3,000万円×0.167×8÷12 | 334万円 |
| ③ 供用月数で按分(法令59条1項1号) | 334万円×7÷8 | 292.25万円 |
第1期に落とせるのは292万円。1年分の501万円と比べると、4割強が翌期以降へ送られます。
定額法なら①と③を通した結果は「年額×7÷12」と一致します。それでも条文の順番どおり理解しておく必要があるのは、定率法では結果が変わるからです。償却保証額との判定は月数按分前の別表の償却率で行い、下回るときは按分の対象が改定償却率に切り替わります(省令5条4項)。
もう1点、端数はどちらも切上げです。移転月は法人側で丸1月として数えることになります。個人側の譲渡年の月割には明文の定めがなく(所得税法施行令132条は年の中途で業務の用に供した場合の規定です)、同じ月が両方に乗る形になり得ますので、どう扱ったかを根拠とともに残してください。
ここまでの判断は、実務上どこで確定するのでしょうか。申告書を作るときではなく、会計ソフトの固定資産台帳に耐用年数を入力した時点です。
freee会計の新設法人の初期設定は、口座の登録 → 会計期間の設定 → 開始残高の設定 → 固定資産台帳の登録の順に進みます(freee公式ヘルプ「初期設定の流れ(新設法人の場合)」)。2番目の「会計期間」が第5節の事業年度の月数そのもので、4番目で耐用年数の入力欄が出てきます。
ここに22と入れて第1期を閉じれば、それが確定した選択になります。 6か22かは操作の問題ではなく、第3節・第4節の税務判断そのものです。インポートする場合は「事業供用開始日」列が必須項目で、ここに取得日を入れると第5節③の按分が狂います(同「【法人】その他の会計ソフトから固定資産台帳を移行する」)。
初期設定の全体は稿を改めます。運用フェーズはfreeeの自動登録ルールは何個作るべきかとfreee会計で月次決算を3営業日で締めるへ。
第3回で決まったのは3,000万円という元本まで。それを何年で落とすかは、法人第1期でしか決められません(耐用年数通達1-5-1)。築20年0か月の木造アパートなら簡便法で6年、年501万円。法定22年の138万円との差は363万円です。第1回(「物件を法人に移すか」が最初の論点になる理由)・第2回(サブリース・管理料方式)から積み上げた設計は、ここまで決めて完了します。
法人化1年目の次の一手は、この順番です。
予定納税も資金繰りに直結します。前年の所得を基に通知が来るため、物件を移した年は不動産所得が数か月分でも前年並みの金額が届きます。6月30日の現況による申告納税見積額が予定納税基準額に満たないと見込まれるときは7月15日までに減額を申請でき(所得税法111条1項)、10月31日の現況で見て第2期分は11月15日までです(同2項)。
設立に伴う届出と廃業届の要否(土地を個人に残せば地代収入が残るため、機械的に出すと事故になります)は扱っていません。役員報酬は役員報酬の決め方、消費税とインボイスは設立初年度の消費税「還付」を取りに行くかをご覧ください。
当事務所では、移転年の並走設計、中古資産の耐用年数の算定と根拠資料の作成、法人設立後のfreee初期設定を支援しています。物件一覧と固定資産税の課税明細書、リフォームの見積書をご用意いただけると、初回から具体的な試算ができます。
※本記事は2026年8月時点の制度に基づく一般的な解説です。モデルケースの金額・築年数・再取得価額・設立日はいずれも説明のための仮定値であり、実際の耐用年数・償却費・税額は物件の構造・用途・経過年数・資本的支出の額・事業年度の設定などにより異なります。モデルの3,000万円は税抜・税込の別や消費税の経理方式を捨象した金額で、法人の取得価額と償却の基礎額はこれらにより変わります。第2節の税額は復興特別所得税と各種控除を単純化した概算で、総合課税の税率帯はその方の所得構成により変わります。中古資産の経過年数の数え方(年単位か月単位か)については省令に明文の定めがなく、本稿はどちらで計算しても結論が変わらない築年数をモデルに置いています。端数を持つ物件では算定される耐用年数が1年ずれることがありますので、採用した方法とその根拠を記録に残してください。第1期に簡便法を適用しなかった場合に更正の請求等で是正できるかどうかは、本稿では扱っていません。freeeの画面構成・メニュー名・インポート仕様は2026年8月時点の公式ヘルプによるもので、変更されることがあります。耐用年数の算定、資本的支出と修繕費の区分、償却費の置き場所の選択はいずれも個別判断を要しますので、実行前に税理士にご相談ください。
土地を個人に残して建物だけを法人に移すと、入場料は半分ほどに下がる代わりに地代という設計変数が増えます。権利金の認定を受けるのは法人側であること、無償返還の届出の手続、そして地代の水準を整理します。
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